神経集中治療:これまでの10年、これからの10年

江川悟史
Columbia University Irving Medical Center Neurological ICU
TMGあさか医療センター神経集中治療部, Neuro ICU & Coma Science Center

~はじめに~
約10年前、私が後期研修医のころ、米国の学会で“I am a neurointensivists in ...” と名乗り、質問をはじめ、専門的なディスカッションを繰り広げる光景を目の当たりにした。この時、救急・集中治療のトレーニングを行っていた私は、急性期に脳を保護し、社会復帰・家庭復帰につながる医療をどの様に提供するかということに興味を抱いていたが、神経集中治療医という専門性こそが、私が目指す医師像であり、力を注ぎたい医療であると強く感じた。幸にも、本邦での神経集中治療の発展に協力させていただく機会をいただき、微力ながら努力を続けてきた。これまでの経験から、過去10年を振り返り、今後10年での課題について検討する。

なお、これ以前から既に神経集中治療は、多数の先生方により先進的に行われており、本稿に関連する内容は全て諸先輩方のご指導があって成り立っていることである。

~これまでの10年~
私が神経集中治療に興味を持った頃、日本には神経集中治療医を育成するための普遍的で確立した教育プログラムはなかった。幸いにも諸先輩方が一部の施設で神経集中治療を実践されており、そのヒントを得ることができたため、それらを手がかりに研鑽を重ねた。現在、私はColumbia 大学病院のNeurological ICUに所属し、日々研修を行なっている。今日までに多くの時間を要したが、これまでの経緯については非常に満足している。その一方で、この経験を、普遍的に・効率的に提供したいと考える様になり、様々な活動を開始した。

幸いにも、多数の関係者のご尽力のもと神経集中治療を学ぶ体制は本邦でも徐々に整備されてきた。2017年には神経集中治療の概要を知ることができる日本集中治療医学会主催の神経集中治療ハンズオンセミナーが設立された(図1. https://www.jsicm.org/seminar/hands-on/)。また、米国の神経集中治療学会が主催するEmergency Neurological Life Supportも日本語で受講が可能となった(https://www.pathlms.com/ncs-ondemand/courses/6990)。一方、英語になるが同学会のホームページ上で様々なガイドラインや教育ツール(一部有料)が提供されており、膨大かつ有益な情報が掲載されているため日々参考にしながら、診療が行える(https://www.neurocriticalcare.org/home)。少しずつではあるが、神経集中治療が日本にも馴染んできた様に感じられる。

~神経集中治療の役割とその必要性~
神経集中治療医やチームが介入することで、患者の転帰改善効果は多数報告されている。その理由は、私は、「疾患毎の、エビデンスに基づくプロトコルを用いたチーム医療」と、「脳保護に対する専門家の情熱」がうまく癒合した結果であると考える。障害された脳を保護するためには、標準的な絶え間ないケアが必要であるため、チーム医療が欠かせない。一方で、専門家による個別化された治療介入も行われなくては、真の脳保護は達成できないと感じる。

例えばくも膜下出血であれば、プロトコル化された14日間の神経モニタリングや体温管理を「チーム」で「絶え間なく」行い、有害事象の発生の防止や、新規イベントの早期発見に努める。この段階では専門的看護技術や栄養管理、理学療法、薬剤管理が特に重要である。看護師・栄養士・理学療法士・薬剤師など多職種との連携が大切であり、多くの患者がこのチームワークにより救われる。不幸にも、他臓器の合併症や遅発性脳虚血、発作などが発生した場合には、病態生理に基づく個別化された対応が必要となり、神経集中治療医が力を発揮する。例えば次の様な例が考えられる。

(A)遅発性脳虚血発生時の昇圧は、当該患者の心機能において本当に脳の酸素受給バランスを改善させ、脳保護につながるのか?
(B)非けいれん性発作や非けいれん性てんかん重積状態の際、多剤でコントロールが必要となることがあるが、どの脳波所見を目標にするのか?

おそらく、海外の神経集中治療医は次の様に対応する。

(A)の場合、経時的な神経症状や脳組織酸素分圧や脳血流のデータを参考にし、心機能とのバランスを考え治療を行う。つまり、各種循環作動薬の知識と脳機能モニタリングの知識がなくてはならない。先進的な施設では、内頸静脈酸素飽和度野モニタリングや脳血管の自動調整能をモニタリングし、最適な平均血圧を算出し、治療方針を決定するであろう。
(B)の場合は、脳波所見をより専門的に分析し、発作のリスクを鑑み治療方針を決定する。この所見は真の発作を意味するのか、それとも改善の経過に見られうる周期性発射なのかなどである。

神経集中治療による治療介入は、行えばそれだけ効果があるとも限らない。
介入よる各臓器への影響やバランスを考えながら専門的に介入しなければならない。

これらの一連の医療介入は、一人の神経集中治療医のみで成り立つことではなく、多職種で対応することが重要であり、その様なチームを育成することこそが、神経集中治療医の役割であると言える。
TMGあさか医療センターでは、2018年から神経集中治療部を設立し、当時日本で理想的と考えられる神経集中治療を実践してきた。結果的には米国の神経集中治療と比べても標準的な医療が実現できていたと感じている。また、本邦における医療体制としての需要と供給のバランス、つまり医療経済的な実現可能性や脳神経外科をはじめとした各科からの需要、患者・家族へのポジティブな効果なども実感できた。これらの経験から、今後広く日本に普及して欲しいと考えるに至った。

~今後10年間の課題
これまでの10年間で神経集中治療という分野が日本で広く認識される様になり、興味を持つ医師も増加した。どの様にキャリアを積むべきか、自施設でどの様に神経集中治療を展開すべきかなど多数の問い合わせをいただく機会に恵まれた。今後は、教育面でも、実臨床面でも普遍的なシステムの構築が必要となる。

理想の医療体制と神経集中治療医の育成
各急性期病院に1−2名の神経集中治療医が在籍し、救急医、集中治療医、脳神経外科医、脳神経内科医に神経集中治療という専門的側面からアドバイスを行い、神経集中治療チームを形成し、医療を提供することができれば、理想的である。おそらく、呼吸循環管理に長けた医師や脳神経単体の管理に長けた医師は各施設に多数在籍する。ただし、急性脳障害のメカニズムを理解し、二次性脳障害を最小限とする管理を「専門的」に提供できる医師は少ない。神経集中治療医の役割はその様な専門的知識や技術を持ち、個々人の能力を最大限に生かしたチームを形成することである。この体制を目指すために、本邦でも神経集中治療医を育成することが必要である。

神経集中治療医を育成するためには、セミナーや座学のみならず、臨床現場でのトレーニングが必要である。さらに、認定医や専門医といったカテゴリーも重要となるであろう。TMGあさか医療センターでは、多施設の共同で神経集中治療医のフェロー シップを開始している(https://www.asakadai-hp.jp/neurosurg/cat430/cat432/
)。多くの応募があり、今後の発展が期待される。一方で公的に認定医や専門医の称号をどの様に付与するかは今後の課題であり、本委員会でも検討すべき課題であると考える。

神経集中治療という分野の確立
また臨床面のみならず、学問的な意味で神経集中治療が発展していくことも望まれる。適切な医療介入を目的とした治療方法の確立、より良い神経集中治療を提供するための機器開発やその解釈の手法、予後予測の手法など、クリニカルクエスチョンやリサーチクエスチョンが豊富に存在する。神経集中治療の専門性を高め、そのアイデンティティーを確立するためにも、力を注ぐべき側面であり、今後の大きな目標となる。

~神経集中治療医を目指す若手医師の皆さんへ
私は現在米国の神経集中治療部門に長期在籍している(図2)。おそらく、その様な経験をした日本人医師は少ないと思われる。しかし、できることならば、実際の臨床レーニングを米国で受け、専門医を取得することが望ましいと強く感じた。そのためには、米国医師免許の取得やレジデンシー、フェローシップなどを経験する必要があり、時間を要するため私は施行するに至らなかった。神経救急や神経集中治療に興味がある若手医師の方々にはぜひチャレンジしていただき、日本の神経集中治療のさらなる発展に貢献していただきたいと切に願う。

~最後に
これまでの、本邦での神経集中治療の発展の経緯と今後の目標について述べた。決して個人の努力で成り立つものではなく、先人の方々の努力と、関係者のご協力のもとなし得たことである。ここに記載した理想を追い求め、今後も神経集中治療の発展のため、皆で一丸となって精進していきたいと考える。

図1. 神経集中治療ハンズオンセミナーの様子

図2. Jan Claassen先生と著者
(Columbia University Irving Medical Center Neurological ICUで)