集中治療に携わる医師の倫理綱領
資料
集中治療に携わる医師の倫理綱領作成にあたって ―2005年3月―
日本集中治療医学会倫理委員会
土肥 修司(岐阜大学大学院医学研究科麻酔・疼痛制御学):委員長
加藤 正人(東北大学医学部附属病院集中治療部)
斉藤 宗靖(自治医科大学大宮医療センター循環器科)
篠崎 正博(和歌山県立医科大学附属病院救急集中治療部)
丸川 征四郎(兵庫医科大学救急災害医学)
三川 勝也(神戸大学医学部周術期管理学)
三高 千恵子(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科救命救急医学)
1.前文(倫理綱領制定の意義)
集中治療医学の発展は、死に瀕した重症患者の治療を通して医療のあらゆる分野の大きな発展に貢献してきたとともに、医療社会に対して解決すべきさまざまな新しい課題を提起してきた。集中治療の実践は、人間の生命の本質に迫るものであり、生命維持への限りない挑戦でもあった。それゆえ、脳死という新しい死の概念を提唱したのみならず、必然的に国民の「生命倫理」の概念を変え、医療への信頼・期待感を大きく高めてきたといえる。その結果、重症患者に対する医療においては、それを受ける側と提供する側、双方の心の存在がますます重要性を増してきたと指摘できよう。したがって、集中治療に携わる医師は、意思の疎通が難しい患者を中心として、さまざまな生命維持装置を駆使しながら、生命の尊厳を基本におき、高度な倫理観と熟練した技術で医療を行う必要がある。
集中治療における医療は、脳・心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓などの重篤な障害の治療のみならず、手術や重症外傷などの過大なストレスを受けた患者の急性の異常と過剰な生体反応との制御と修復にある。患者とその家族は、集中治療における高度な医療と緻密な管理に大きな期待を寄せている。したがって、集中治療に携わる医師は、各診療科医師・看護師からの患者に関する詳細な情報をもとに、他の専門家と協調・協力して最良の医療を提供できるような体制を構築する必要がある。この体制下にあっても、集中治療に携わる医師は、チーム医療のリーダーとして患者の尊厳を守ることと科学的根拠に基づく最良の医療を行うこととに誠心誠意努力しているといえども、医学的、科学的な問題はもとより、さまざまな難しい倫理的な問題に直面しよう。
集中治療に携わる医師は、優れた人間としてその良心に従い、できる限りの努力を怠らず、患者に常によりよい医療を提供する職責を負う。ここに掲げた倫理綱領は、その職責を果たすために、集中治療に携わる医師がとるべき倫理規範の基本となるものである。
2.集中治療における倫理の基本事項
倫理委員会は、集中治療に携わる医師の倫理綱領を作成するにあたり、集中治療医としての診療姿勢を具体化するとともに、専門性を組み入れるよう考慮した。鎮静薬投与下の人工呼吸中や意識のない患者の尊厳への配慮、集中治療医がリーダーシップをとるべき診療体制の構築への努力、学会が定める指針などの遵守、集中治療医としての特殊性から生じる職権の乱用の防止などである。以上に加え、集中治療の周辺にある問題―脳死の判定、生命維持装置に囲まれているため説明・同意を得ることの困難性、治療に対する家族の意向・要請への配慮、患者が重篤であるゆえの高額な医療費、治療の継続・中止の問題、高度の技術を要する医療器機の使用、必ずしも十分でない科学的根拠など―についてさまざまな面から議論を重ねた。さらに、これまで医療倫理全般において軽視されがちであった事柄を倫理綱領に加える必要性も議論した。患者の権利と利益を中心とした医療、文化的・宗教的・政治的背景の差異を理解した上での国際貢献、学術研究の必要性はもとより、それらに従事するにあたっての集中治療医としての倫理的姿勢などである。
結果として、この集中治療に携わる医師の倫理綱領では、1)患者の生命と尊厳の重視、2)医師の診療姿勢、3)患者・家族の同意、4)患者中心のチーム医療の実践、5)自己研鑽と社会教育活動、6)学術・研究活動、7)社会・国際貢献、8)自己管理と業務責任、9)不測の事態の対応、10)情報の公開、の10項目を基本とした。会員はこれらに準拠した実務的な倫理規範を整え、集中治療医学の専門家として社会のニーズに応え貢献していく必要がある。
3.日本医師会の「医の倫理綱領」の尊重
集中治療に携わる医師の倫理綱領
(2005年2月23日、評議員会承認)